どうぶつさいばん ライオンのしごと

紹介した絵本

ライオンがヌーを食べた。それは「じけん」なのか、それとも草原の「しごと」なのか。タンザニアの大地を舞台に、動物たちが裁判を開くこの物語は、子どもたちに「自然に悪者はいない」という視点を、静かに、しかし確かに手渡してくれます。読み聞かせの後、親子でしばらく黙ってしまうような、そういう本です。


自然、歴史、出来事から大切なことを学ぶ力を育てる本
「命のつながりと、自然のしくみに気がつく力を育てる」

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どんな本なのか

タンザニアの広い草原に、ゴビエと呼ばれる大きな岩があります。その頂に立つイチジクの木は、何千年もの時間をかけて草原のすべてを見守ってきました。キリンの赤ちゃんが生まれたこと、フラミンゴがヒナを育てていること、そしてチーターがガゼルの子を食べたこと――。この木はすべてを知っています。

物語はある夕暮れ、ライオンがヌーを仕留める場面から動き始めます。翌朝、草原の動物たちが集まり、「裁判」が開かれます。訴えたのはヌー、訴えられたのはライオン。裁判長はハイラックス、弁護士はゾウとオオミミギツネ。バッファロー、ハゲワシ、インパラ、マサイの牛、バブーンの若者、そしてモンゴル人の羊飼いの老人まで――さまざまな証言が積み重なり、やがて草原の「真実」がゆっくりと浮かび上がってきます。

この本の芯を示す一節があります。

「狩りはライオンの仕事でした。自然はその仕事の中にもう一つの役目を隠していました。草原の動物たちを守る仕事です。」

ライオンが「悪者」なのか「守り神」なのか。子どもたちはこの問いを、裁判という形式の中で一緒に考えることになります。単純な善悪の物語ではなく、生態系という大きなしくみを、物語の力で静かに手渡してくれる一冊です。

作者の竹田津実さんは北海道在住の獣医師で、野生動物の保護・治療に長年関わってきた方です。絵を担当したあべ弘士さんは旭山動物園の元飼育員で、動物を描き続けてきた絵本作家です。この二人の組み合わせは、動物の「リアル」を知る者同士の仕事であり、それがこの本の説得力の根っこにあると感じます。

大人がこの本を手渡したくなるのは、「自然界に悪者はいない」という視点を、押しつけがましくなく、物語の中で子どもが自分で気づける構造になっているからではないでしょうか。


この本を読んで子どもは何を感じるのか

  • 母親を失ったヌーの子の悲しみに、胸が痛くなる
  • ライオンが「悪い」と思っていたのに、話を聞くうちに「でも……」と揺れる気持ちを経験する
  • 裁判という場で、いろんな立場の動物が発言する様子に、なんとなく「公平」ということを感じ取る
  • モンゴルの羊飼いの話を聞いて、「遠くの国でも同じことが起きているんだ」と世界の広がりを感じる
  • 最後の判決を聞いて、「それでいいのかな」「でも、そうかもしれない」と自分なりに考え始める

この本で育つもの

📚 知識

食物連鎖や生態系のしくみ、捕食者が草原の健康を保つ役割など、生き物の世界の「つながり」を物語を通じて学べます。タンザニアの草原、マサイの牛、モンゴルの羊と狼など、地理や文化への入口にもなります。

💛 情緒

「悪い」と思っていたものが、視点を変えると違って見える――その経験は、日常の人間関係にも静かに響きます。母を亡くしたヌーの子の悲しみを受け止めながら、それでも「仕方のないことかもしれない」という言葉を聞く。その複雑な感情を抱えることが、情緒の深みにつながります。

🌱 行動

「一方的に決めつけない」「いろんな立場の話を聞く」という裁判の形式そのものが、子どもにとっての行動モデルになります。友達とのもめごとや意見の違いを、どう扱うかのヒントが、物語の中に自然に埋め込まれています。

😄 ユーモア/楽しさ

動物たちが法廷に集まり、ハゲワシが証言し、バブーンが石太鼓を叩く――その設定のユニークさが、難しいテーマへの入口を軽やかにしてくれます。子どもが「なんで動物が裁判するの?」と笑いながら引き込まれていく、そういう楽しさがあります。

🧠 ことばの力・思考力・読解力・他者理解

複数の証言を聞いて「どちらが正しいのか」を考える構造は、論理的思考の土台になります。また、立場の違う者の言葉を「自分ごと」として聞く練習は、他者理解の力を育てます。


この本は、絵本コーナーよりも少し大きな棚に並んでいることが多く、見つけにくいかもしれません。オンラインでお探しの場合は、以下からご確認いただけます。

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図書館でも見つかることがありますが、手元に置いて繰り返し読みたくなる一冊です。


読み聞かせを深める親子の会話

読み聞かせの後、少し間を置いてから、こんなふうに話しかけてみてください。まず大人から、自分の経験を少し話してみるといいかもしれません。「お母さんも、最初はライオンが悪いと思ってたんだけど、いろんな話を聞いてたら、なんか複雑な気持ちになってきたなあ」と。そうすることで、子どもも「正解を答えなきゃ」という緊張がほぐれます。

  • ヌーの子が泣いていたとき、あなたはどんな気持ちになった?
  • もしあなたがライオンの弁護士だったら、どんなことを言いたい?
  • 裁判長のハイラックスが「無罪」と言ったとき、あなたはどう思った? 納得できた?
  • 草原の動物たちが「いい裁判だった」と言って帰っていったのは、どうしてだと思う?
  • 自分たちの身の回りで、「悪いと思っていたけど、実は役に立っていること」って何かあるかな?
  • もし草原に病気が流行ったら、どうなると思う? ライオンがいなかったら?

読み方のポイント

読み聞かせに要する時間:概ね10〜15分程度

どの言葉を大切に読むか

「自然はその仕事の中に、もう一つの役目を隠していました」という一節は、この本の核心です。ここはゆっくり、静かに読んでください。「隠していました」の「隠して」という言葉に、少し重みを乗せるとよいでしょう。また、ヌーの子が証言する場面は、感情を押しつけず、静かに読むことで、聞いている子どもの心に余白が生まれます。

絵・構図・画風・雰囲気

画像から確認できる範囲では、あべ弘士さんの絵はアフリカの草原の広がりと動物たちの存在感を力強く描いています。大地の色、動物の体の質感、空の広さ――どれも「本物の動物を知っている人が描いた絵」という説得力があります。絵を見ながら「この動物、知ってる?」と立ち止まる時間も、読み聞かせの一部にしてください。

ページをめくるときの留意点

裁判の場面では、証人が次々と変わります。「次は誰が出てくるんだろう」という期待感を、ページをめくる前に少し間を置いて作ってあげると、子どもの集中が続きます。

音読の響きやリズム

石太鼓の音「カンカンカンカンコロガン」、マラブーのくちばしの音「カタカタカッター」など、擬音語が効果的に使われています。ここは少し声に変化をつけて、楽しんで読んでください。

子どもが立ち止まったときの受け止め方

「ライオンって悪いの?」と子どもが聞いてきたら、「どう思う?」と返してみてください。答えを急がず、一緒に考える姿勢が、この本の読み方に一番合っています。


こんな親子におすすめ

  • 動物や自然が好きで、図鑑だけでなく「物語として」生き物の世界を知りたい子に
  • 「なぜ?」「どうして?」とよく質問する、考えることが好きな子に
  • 友達とのトラブルや「どっちが正しいか」という場面をよく経験している子に
  • 親子で「正解のない問い」について話してみたいと思っている保護者に
  • 小学校低学年以上で、少し長い物語を聞く集中力がついてきた子に
  • 【配慮点】「食べられる」「殺される」という描写が出てきます。感受性の強いお子さんには、読む前に「自然界のお話だよ」と一言添えておくと安心です。

次に読むなら

🦁 動物・自然の世界をもっと知りたい子へ

『シートン動物記』(各種)

🌿 生態系・食物連鎖に興味が広がった子へ

『いのちのつながり』シリーズ/NHKの自然ドキュメンタリー関連の児童書

⚖️ 「裁判」や「ルール」に興味が出た子へ

社会のしくみを扱った児童書(図書館で司書さんに相談してみてください)

🎨 あべ弘士さんの絵が好きになった子へ

あべ弘士さんの他の絵本(『あらしのよるに』シリーズの挿絵なども手がけています)

📖 竹田津実さんの世界をもっと読みたい保護者へ

竹田津実さんの著作(北海道の野生動物に関するノンフィクション)


読み聞かせを進化させる体験・贈り物

  • 動物園・サファリパーク訪問:ライオン、ヌー、キリン、フラミンゴなど、実際に見ることで物語の世界がぐっとリアルになります。旭山動物園(あべ弘士さんゆかりの地)は特におすすめです。
  • 地球儀・世界地図:タンザニア、モンゴルを一緒に探してみてください。「遠くの国でも同じことが起きている」という感覚が、子どもの世界観を広げます。
  • 自然ドキュメンタリー映像:アフリカの草原を映したNHKやBBCの映像と合わせると、絵本の世界が立体的に広がります。

まとめ

『どうぶつさいばん ライオンのしごと』は、アフリカの草原を舞台にした「裁判」という形式を通じて、自然界のつながりと、命の複雑さを静かに問いかける一冊です。善悪の単純な答えを出さず、「仕方のないことかもしれない」という言葉とともに物語を閉じるこの本は、子どもと一緒に「正解のない問い」を抱えて座る、そういう読み聞かせの時間をもたらしてくれます。大人もまた、読み終えた後にしばらく草原の風景が頭に残るような、そんな余韻のある本です。


読み聞かせの後、「ライオンって悪くないのかな」と子どもがつぶやいたとき、その問いをもう一度一緒に開ける本が手元にあると、親子の時間が少し豊かになります。

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